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ドラジャパクイーンの本職:もぐりの日本語教師奮闘5

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秋の夕空

この「東京ノート」を初めてみたときの衝撃は20年経った今でも忘れられません。平田オリザさんの戯曲・演出によるお芝居は「芝居がかった」セリフとセリフ回しがなく、はじめのころは、全部アドリブではないのかと疑われていたらしいです。青年団のお芝居を見たことがない方は、ぜひご覧になってみてください。

青年団の俳優さんたちは、ご自身の身体、また共演する方との関係性、周りの環境といったことに対する意識というかコントロールが完璧にできる方たちです。ですから、ふつうの人がよくする言いよどみ、いい間違いがありません。ということで、彼らの話す日本語は、自然な日本語を限りなく蒸留していった後のエッセンスと言うべきもので、話し言葉指導のためには、理想的な教材だと思いました。

しかし、「東京ノート」は90分の芝居で、同時進行の話がいくつも入っているので、そのまま学生にビデオを渡す訳には行きません。音声やイントネーション、間の置き方などにも注意を払ってほしいので、ビデオ上の音声では不十分です。また、聞き取り、内容理解のためにも、工夫が必要でした。

そこで、俳優のセリフを音声、文字で何回でも聞いて、見られるようにCD-Romを作成しようと考えました。大変ありがたいことに、平田オリザさん、青年団、上演ビデオを販売している紀伊国屋書店からこの日本語CD-Rom教材開発のために自由にビデオ、脚本を使わせてもらえることになりました。さらに幸運なことに、数学者で日本語学習を趣味にしている友人がプログラミングをしてくれることになりました。2001年になんとか試作品ができました。

週毎の内容理解に関する課題を仕上げるために各学生にCD-Rom、ビデオを一部ずつ貸与しました。この課題の中で何回もCD-Romを使わないと答えられないような質問と、すぐ答えられるもの、また意見を聞くものの3種類の質問とその週に扱ったセグメントのあらすじを書かせました。

教室以外での負担がかなり多いことから、やる気のある学生だけが残り、教師としてはとても楽しいクラスになりました。内容理解以外にも、毎週グループによるスキット発表が課せられました。スキットのテーマはその週で焦点となったコミュニケーション上のストラテジー、たとえば一週目はよく知らないもの同士がきまずさをさけるため、共通の話題を探す、そしてあいずちをうつ、かつ発話と発話をオーバーラップさせることなど、条件を与え、それ以外は学生の自由にさせました。「東京ノート」に出てくる登場人物であるプロの俳優のせりふまわし、目線、身振り、表情などをお手本とさせました。

 

東京ノート」を上級日本語聴解・会話講座の主教材に使い始めてからかなりの年数が経ちます。今まで100人近くの学生がこの講座を取りました。講座終了直後でなく、しばらく経って、特に日本に行った人たちから、「東京ノートでコミュニケーションの仕方を習っておいて本当に助かりました。」という感想をもらいます。「日本でいろいろなコミュニケーションの状況に出会って、どんな風に対応したらいいか分からないことがありました。そんなとき、「東京ノート」のいろいろな場面が頭に浮かびました。ああ、今の状況はあの場面とそっくりだなあ。不思議なことに適切な反応がすっとできました。今になって、「東京ノート」で習ったことが自分の一部になっていたんだと気がつきました。」元教え子から忘れたころに、こんな感想をもらうのは、教師として大変うれしいことです。

以下の学習者の生の声をお聞きください。

 

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リンジー

私は割合長い間、日本語を勉強してきて発音や聴解力も高い方だと思っていました。でも、日本人が話している日本語を聞き取るのはとてもむずかしいです。また、日本の人のように話せるようになりたいと思っています。普通の日本語の教科書には自然な日本語、特に話し言葉がでてこないし、また日本のテレビドラマの日本語を聞き取るのはとてもむずかしいです。

ビクトリア大学の上級日本語会話と聴解のコースで使った、東京ノートCDで、自然な日本語を聞いて、その後、自分の発音、イントネーションとの違いがすぐ聞けるというのは大変便利でした。何回も同じところが聞けて、練習できるので、自分の発音とイントネーションはよくなったと思います。それから、何回も聞いているうちに、あいずちの打ち方など、自然なコミュニケーションが身についてきたようです。

 

ブライアン

ビクトリア大学で僕が取った上級日本語会話と聴解のコースについて、感想を述べたいと思います。コースでは「東京ノート」という劇を使いました。日本語のレベルが中級ぐらいの人達が日本語、特にあいずち、間など、話し言葉の微妙なニュアンスを勉強するのに、大変役に立つコースだと思います。クラスではスキットをつくったりして、話し言葉を練習するチャンスがたくさんありました。また、日本語の自然なコミュニケーションを「東京ノート」の中で、見て、聞いて、それを真似することによって、いままで日本人が話す日本語で変だと思っていたことの答えがすこしずつですが、分かったような気がします。たとえば、日本人の友達がよく頭を縦にふるのが、あいずち、つまり、「聞いていますよ。」という信号であることなどです。

 

ティー

ぼくは日本のテレビ番組を見るのが好きです。バラエティ番組などで使われる言葉は日本語のクラスで絶対習いません。教科書の会話文も「こんなこと、日本人は本当に言うのかな?」といつも思っていました。日本人がはなすふつうの日本語が「東京ノート」では習えるので、うれしいです。スキットを作るのもとても楽しかったです。

 

マーク

僕は日本で3年くらい働いたことがあります。その時、近所の人や職場の人とコミュニケーションがうまくいきませんでした。まあ、僕はガイジンだからみんなはがまんしていたのかも知れません。カナダに戻って、ビクトリア大学で日本語を勉強し始めました。はじめはいくら勉強してもわからないことばかりで、イライラしていました。上級日本語のコースを取って、少しずつ僕は変わっていきました。上級日本語会話のコースは13週間だけでしたが、毎週、東京ノートCDを使わないとできない宿題や、スキットを発表しなければなりませんでした。ふつうのコースよりたくさん勉強したと思います。あるとき、僕はあいずちを前より多く使っていることに気がつきました。そのころから、日本語はあいまいで、わかりにくいと思って、前はイライラしていたのに、あまり感じなくなりました。今は卒業して英語を教えていますが、いつか日本で勉強をしたいです。